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WannaCryの概要

WannaCryも解析が進んできて、分析記事が出てきた。

 

感染経路に関してはトレンドマイクロの記事が、構成に関してはMBSDの記事が分かりやすい。

 

感染に際してのWannaCryの動きは下記の通り。
バックドアというのはPCに作られた裏口で、これを通じてウイルスを送り込まれたりコマンドを実行されてしまう。

 

攻撃対象に対して接続しに行く(SMB 445番ポート)
脆弱性があるかどうか調べ、存在していたら脆弱性を突いてバックドアを仕込む。
(※ここでEternalBlueとDoublePulsarのコードが流用されている)
脆弱性がなくても既にバックドアがあったらそれを使うことにする。
バックドア経由でWannaCryを送り込む。

 

この動作から、EternalBlue(脆弱性を突く攻撃ツール)とDoublePulsar(バックドア)が重要なソースとなっていることが分かる。
今問題となっているのは、この2つが米国NSAから流出したツール群に含まれているものであり、すなわち米国の国家機関で作られたものと見られているからだ。
流出したツール群はハッカー集団「shadow brokers」によってGithubにアップロードされ、誰でも見られるようになっている。

Github:shadow broker

 

NSAはもともとマイナーな機関ではあるが、スノーデン事件で一躍世界を騒がせた。
CIAと同じく米国の諜報機関で、人的諜報を主とするCIAに対し、こちらは電子機器使った諜報(シギント)を主とする。
CIAほど映画に出てこないのでマイナーではあるが、これからアニメやスパイ映画なんかのネタにされて有名になっていくかもしれない。

 

 

ハッカーの学校

ハッカーの学校

 
ハッカーの手口 ソーシャルからサイバー攻撃まで (PHP新書)

ハッカーの手口 ソーシャルからサイバー攻撃まで (PHP新書)

 

 

 

ハッカーの学校

ハッカーの学校

 

 

 

ハッカーズ

ハッカーズ

 

 

インターネット老人会_1995年

Mastodonの空気に触発され、GW中に2回インターネット老人会をやったところどちらも盛り上がった。


やはり皆「あの頃のインターネット」が大好きなのだろう。


いかがわしさが漂う空間には極めて大きな自由があり、しかもアクティブなユーザーが多かった。


日常生活では触れることのない、あるいは許されない知識を駆使してコミュニケーションを取る体験は大変刺激的であり、これが一部の人々の救いになったのである。
そして今、その空気がMastodonで復活している。


資料を埋めてしまうのは勿体無いと各所で言われたため解説と共に残しておこう。
酒の肴にでもしてもらえば幸いである。


※1. インターネット老人といってもボリュームゾーンは「00年代前半のFlash黄金期を学校のパソコン室で過ごした世代」であり、20代後半~30代だと思うが、通りが良いのでしばらくこのまま使う。

※2. インターネット老人会という名称は筆者の発案ではなく、Twitterハッシュタグより借用したものです。

 

さて、まずは1995年からである。

 

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※画像引用元:

Windows95ロゴ:Wikipedia

IEロゴ:logopedia

新世紀エヴァンゲリオンntv

学校の怪談学校の怪談 DVD版

 

この年はそのままのタイトルで1冊解説書が出ているくらい衝撃的な年であり、戦後日本の転機となった年と言って良い。
1995年は地震と共に始まった。1月17日の阪神淡路大震災である。僕はまだ小学生だったが、ひっきりなしに放映された地獄絵図を覚えている。

 

ところがそれから2ヶ月後、報道内容を一気に変えてしまう事件が起こる。忘れもしない3月20日、地下鉄サリン事件である。

 

実録 地下鉄サリン事件の真相 (ミッシィコミックス)

 

サリンを撒いたのは新宗教団体オウム真理教であり、マンガ・アニメなどのオタクカルチャー要素(例えば彼らは空気清浄機をコスモクリーナー(宇宙戦艦ヤマトのネタ)と呼んでいた)や苛烈な修行、洗脳ソングに加えて高学歴信者(有名大学はほぼ揃っていた)の存在と、メディア映えする特徴を大量に持っていたため連日テレビはオウム報道で溢れた。


幹部自らがワイドショーに出て「ああ言えば上祐」などという言葉が流行語となったり、そのファンが出て「上祐ガールズ」などと呼ばれたりしたことを見れば、当時がいかに非日常的な空間だったか分かるだろう(どんなネタだろうが露出さえすればファンが付くのは今も昔も変わらない)。

 

そしてこの年は学校の怪談ブーム真っ盛りであり、夏には「学校の怪談」が放映され、いかがわしく刺激的な怪談に子供たちが熱狂した。

 

学校の怪談  [東宝DVD名作セレクション]

 

さらにその秋、アニメ史に残る作品の放映が始まる。「新世紀エヴァンゲリオン」である。

 

劇場版 NEON GENESIS EVANGELION - DEATH (TRUE) 2 : Air / まごころを君に [DVD]

 

考察欲をくすぐる謎が散りばめられたこの作品はキリスト教の要素(使徒と戦う汎用人型決戦兵器の名前が『エヴァンゲリオン=福音』である)と終末論を含んでおり、まさに世界の終わりを感じさせた。

 

こうして世情を振り返ると、オカルト・アングラマニアにとってはまさに、空想が現実になってしまった年と言って良い。
(皮肉なことに、オカルトブームはオウム真理教に影響を与えた=現実社会に重大な影響を与えてしまったためにこの後一気に収束に向かう)。


この年には日常などなかった。毎日が非日常であった。

 

と、1995年語りをやったところでインターネットに目を移して見よう。

 

1995年はインターネット元年と呼ばれている。
インターネットが普及し始めたためこう呼ばれているのだが、大きかったのはWindows95の発売である。

DOS/V マイクロソフト Windows95 ツウジョウ(FD)


このバージョンからインターネット関連機能が標準装備され、手軽にインターネットに接続できるようになった。インターネット人気でWindowsが売れ、Windowsが売れたためインターネット人口が増える相乗効果である。

 

この頃は光接続サービスは勿論ADSLもなく、あったのはダイアルアップ接続である。
90年代にネットを始めた方ならご存知であろう、あの「ピーヒョロリ...」。

 

ピーヒョロリ...といえばテレホマンである。NTTのテレホーダイもこの年に始まる。時間での従量課金(今では信じられない)が行われていたこの時代において、深夜とはいえ使い放題となるサービスは貴重であり、夜な夜なネットにダイブするユーザーが現れた。ここから生まれたキャラクターがテレホマンである。

 

インターネットコンテンツに目を移すと、伝説のアングラサイト「地下道入口」、陰謀論だらけの掲示板「阿修羅」が開設されている。前者は日本のアングラサイトのポータル的役割を持っていたとされるが、その後閉鎖している。後者は何と今でも現役で稼働中だ。陰謀論や怪文書だらけの掲示板で、ネット民としては逆に安心する。真偽?嘘を嘘と(ryと言いたいところだが2ch登場は1999年を待たなくてはならない。

 

さらなる特記事項としては、この年に出回ったあるゲームを取り上げなければなるまい。
霞ヶ関」である。今でも不謹慎ゲームの代表格として引き合いに出されるこのゲームは、地下鉄にサリンをばらまくというとんでもない内容のゲームであった。僕もさすがにアウト判定を出すゲームが流行したことは、当時のネット空間のアングラさを物語っている。

うーむ、やはり1995年は印象的だった。

次回は1996年から順にインターネット史を見ていくことにしよう。

 

 

1995年 (ちくま新書)

1995年 (ちくま新書)

 

 

 

増補 虚構の時代の果て (ちくま学芸文庫)

増補 虚構の時代の果て (ちくま学芸文庫)

 

 

 

オウム真理教の精神史―ロマン主義・全体主義・原理主義

オウム真理教の精神史―ロマン主義・全体主義・原理主義

 

 

 

「学校の怪談」はささやく

「学校の怪談」はささやく

 

 

僕らの電脳秘密基地。

cpplover.blogspot.jp

 

そして、感動した。これだ。久しく忘れていたインターネットがここにある。何ということだ。
そこにあったのは、黎明期の怪しげな雰囲気を持つインターネットだった。今から20年ほど前の2chIRCの雰囲気だ。インターネットよ、私は帰ってきた。 

 

Mastodon(マストドン)が話題になってから数日後にpawooに登録した。Twitterと平行して使っているが、確かに"インターネットよ、僕は帰ってきたぞ。"という感覚がある。


黎明期の怪しげなインターネット。それは90年代後半~00年代のインターネットであり、限られた人しかアクセスしない空間だった。ネット人口は少なかったが、実はそれが良かった。ネットに繋ぐ時点である程度のリテラシーがあり、「新しいものへの情報感度が高い、話の分かる」人しか存在しなかったからだ。


あの頃の僕たちは、ピーヒョロロとダイヤルアップでインターネットに接続し、怪しげな個人サイトやその掲示板で情報を漁り、そしてまたリンク集を辿って別のサイトを巡回した(当時は検索エンジンも"人が手で登録する"方式だったのであまり使えなかった)。それはまるで宝探しのようだった。


そこで交換されていた情報といえば、自殺志願者の叫びや犯罪のもみ消し方(2ch初期のメインの話題はこれだった)、本当かどうかも分からない凶悪犯罪や少年犯罪の裏事情などといったアングラ情報や、歴史認識や外交といった政治話、誰かが海外から持ってきたネタ画像やテキストサイトのネタ記事、違法コピーやPC自作、便利なフリーソフトや次世代のITなどの技術ネタ...共通するのは「リアルでは話せない、地上波ではまず流れない情報」である。


マジョリティである地上波テレビに対抗するアングラネット文化、という構図が確実にあった。


僕たちは日々ドキドキしながら「仲間」が待つ電脳秘密基地に接続し、ぬるぽと言ったらガッされ、侍の絵がトップになっているテキストサイトの記事で笑い、そこで取り上げられた中華ロボット同人Flashゲーム(異様にクオリティが高かった)にハマり、対立する政治思想の相手と不毛な論戦を繰り広げた...当時は「この腐れ左翼どもが!!」などと思っていたが、今となっては「怪しいきらめき」を彩った仲間だったのだろう。大衆化した今では徹夜で不毛な論戦ができるネットユーザーなど、100人に1人、いや1000人に1人レベルか。


ネットが大衆化するにつれ、リアルの話をそのままインターネットに持ち込む人達が増え、僕は「面白い世界」を求めて移動することになった。それはブログでありmixiでありtwitterでありfacebookだった。


動画に検閲をかけないといけなくなったfacebookは、もはや「面白い人達だけの空間」ではあるまい。"検閲とかしてたらテレビと一緒だろ、アブない情報だからネットの意味がある"という意見の持ち主は少数派だろう。


そして今、マストドンこそが僕が求めるフロンティアなのかもしれない。インターネットよ、僕は帰ってきたぞ。

 

 

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書

 

 

女装と攻殻と。- Ghost In The Shell -

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新宿にGHOST IN THE SHELL(4DX)を見に行ってきた。


劇場版アニメ公開から20年以上を経てついに実写化。年月を重ねてここまで認知が高まったか、と実写化発表時点で感無量だったが、作品もなかなかの仕上がり。元々難解な原作をブレイクダウンしつつ、4DXで近未来都市を飛び回るという体験的快楽をプラスしていたのはさすが。


実写化するならこれくらい分かりやすくて良い。


アニメ版とは違うシナリオになっているが、アニメを忠実に再現したシーンがあったり、他の映画のオマージュが入っていて


・都市の描写で巨大なホログラムとか映像看板が大量に出てくる → ブレードランナー風味を入れてきましたね

・マンション名がアヴァロン → 押井守監督の実写作品からかなー
・マンションの一室で話し出す桃井かおり → あ、これマトリックスのオラクルですね

 

など、僕よりサイバーパンクに詳しい人ならもっと色々見つけられると思う。

 

この映画を新宿で見たのにも意味があり、高層ビル群が立ち並びつつその下に横丁が並ぶ様子がブレードランナーのモデルになったと言われているのである(「4つくれ」「2つで十分ですよ!」のシーンはファンの間の鉄板ネタである)。


さて、僕が女装を始めたのには攻殻機動隊の影響もある。


攻殻機動隊が属する「サイバーパンク」というジャンルの特徴として、テクノロジーによるアイデンティティの危機がある。


サイバーパンクの世界では、体は自由に変えられるし(これを義体と呼ぶ)、もっと言えば脳をネットに繋ぎ、肉体から解放された存在になることができる。その時人間のアイデンティティはどのようにして保たれるのか、という問題だ。


その世界では、義体をまるでアイコンを変えるように取り替えて別の人物として振る舞うことができる。


この「自由に見た目を変えて別の人間として振る舞う」ことができるというコンセプトは、自らの肉体にコンプレックスを抱きがちな現代人にとっては夢の世界である。


何しろ社会が取り除いてきた「生まれつきの属性によって差別されること」(性差別、部落差別etc...)の最後の対象であり、我々に呪いのようにまとわりつく「見た目による差別」から解放されるのだ。


そして、「見た目をコントロールして別の人間になる」という行為を、今の技術によって実現する方法の一つが女装なのである(このあたりの話については以前も書いた)。

 

このため、女装を始める前は、「見た目を変えることによって身体性から解放されるのを楽しむのか」と思っていた...が、実際に女装を初めて分かったのは、女装をする目的はむしろその逆で、「自分の身体性 = アイデンティティに価値を見出す」ためなのである。


生後の努力によってほとんどのことが得られる、という前提を共有した社会に生きていると、我々は何かを努力して身につけた自分に交換可能性を見出してしまう。


つまり、「自分ではない別の人が同じようなトレーニングを行えば、結局似たようなことができてしまう」呪いにかかる。


そして、「努力しても得られない」ものに価値を見出す。


これはガンダムにおけるニュータイプと強化人間の関係に近い。


ここでは簡単に、
ニュータイプ:先天的にモビルスーツを操縦できる新人類
強化人間:後天的な投薬や心理操作によりモビルスーツを操縦できるようになった人間

 

としよう。自己肯定感が満たされるのは、ニュータイプのほうではないだろうか?


これは地頭信仰にも通じるものがある。IQテストで高得点を取ったとして、何も準備せずに何故か点を取れる天才...そういうものに人間は惹かれる。


エヴァのシンジ(一方、努力でパイロットになったアスカは壊れていく)やマトリックスのネオ = The Oneなど、運命付けられてしまった主人公は様々な作品に登場する。


「何故かは分からないけど、選ばれてしまった」感覚は、強烈な快楽であり、麻薬のようなものだ。


自分と他人を分かつもの...交換できない個性としての身体を再確認するのが女装という行為なのである。


さて、今週末も出かけよう。夜の新宿は広大である。

 

 

新宿思い出横丁

単焦点レンズが届いたので思い出横丁を撮影。

Camera: EOS Kiss X8i

Lens: CANNON EF-S24mm F2.8 STM

 

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Going Clear: 戦慄のサイエントロジー。

"Going Clear"という映画がたまたまAmazonで配信されていたので購入した。

 

 

この映画は大ヒットしたというわけではないが、宗教マニアにとっては割と有名な映画である。というのも、これはサイエントロジーに関するドキュメンタリーだからである。

 

サイエントロジー

 

映画通の人ならトム・クルーズジョン・トラボルタが所属している新宗教として、またサウスパークのファンならあのアニメ特有のやり方で取り上げてしまったためにシェフ役のアイザック・ヘイズが降板してしまった(彼はサイエントロジーの信者だった)原因として、あるいはネットの騒動に詳しい人なら、アノニマスを一躍有名にした"Operation Chanology"の敵対相手として記憶されていることだろう。

 

とはいえこの宗教について日本で取り上げられることはあまりなく、国内の新宗教に比べればほとんど知られていないのではないだろうか。新宗教マニアでも、何となくラエリアン・ムーブメントとごっちゃになる感覚がある程度の人が多いかもしれない。ところがこれが、なかなか興味深い教団なのである。

 

サイエントロジーの特徴は、細分化された段階を上っていく"レベル上げ"(ブリッジと呼ばれる)と、最高教義の秘匿にある。サイエントロジーには創始者であるL・ロン・ハバードの著作や講演を元にした教材が準備されており、それを学習していくことで教団内での位を高められるという寸法である。そしてレベルが上がる際にはお布施を払うという、ゲーミフィケーションも取り入れたなかなかうまい仕組みなのだ。高いレベルまで上がると人の心を読めたり物を動かせたりという超能力が使えるともされる...のだがそのレベルに達していた元信者の話を聞く限りは当然そんなことはない。

 

そして、ここからがこの教団の中核である。ブリッジの中で最高レベルに達すると、厳重に秘匿されている"隠し教義"を教えてもらえるという。その内容はレベルが低い人間が触れると発狂してしまうため、厳重に管理されているのだが、最高レベルに達していた複数の脱会者の証言を併せるに、それは次のような内容だ。

 

7500万年前、人類は1950年代のアメリカとほぼ同じ生活を歩んでいた...その世界での最大の社会問題は、人口過剰であった。

 

これを解決するため、銀河連合を統べる"ジヌー"は余分な人々を凍結させ、旅客機に載せて監獄惑星に運んだ。

 

そして人々を監獄惑星の火山に放り込んだ上、水爆を落として殺してしまった。実はこの監獄惑星というのは地球のことなのである。
死んだ人々の魂(セイタンと呼ばれる)は集められ、3D映画で色々な宗教の教えを刷り込まれた。

 

その後セイタンは野に放たれ、当時暮らしていた地球人に入り込んだ。

そして今、我々の体にもジヌーの魂が入っており、これが不安や神経症の原因になっている。

 

これを取り除くために、オーディティング(サイエントロジーで行われるカウンセリングのようなもの)をやらなければならないのだ。


という話である。

 

いきなり聞いた人なら「???」となるだろう。実際、大金をつぎ込みながらこの話を聞かされた元信者もあ然としたらしく、「奴らは一体何を言っているんだ!?頭がイカれてるかのテストかと思った。」と述べている。

 

ちなみにこの創生物語?は、"隠し教義"と言われながらネットに流出していたり、サウスパークで1分アニメにされちゃったりしているので、"隠し教義"とは既に言えなくなっている節がある。またWikipediaにはジヌーの項目があり、なかなか充実している。

 

これだけなら変わった教義の教団というだけで終わりだが、この映画ではこの後、教団の異常な行動に迫っていく。

 

トム・クルーズニコール・キッドマンが離婚する原因となった別れさせ作戦(ニコール・キッドマン父親はオーストラリアの心理学者であり、サイエントロジーに対して批判的だった)や、危険分子と判断した信者(何しろカウンセリングのメモが全部残ってるので個人的な相談事も全て教団に握られるのだ)を虐待する施設の存在、そしてトム・クルーズの広告塔としての顔など。

 

次第に明らかにされる教団の裏の顔を見るにつけ、戦慄する映画となっている。

 

さて、僕にとって興味深いのはその教義である。"銀河連合"、"宇宙人"などが出て来るあたりは何度か取り上げた神智学やそれを引き継いだUFOオカルトに近いところがあり、"Neo-Theosophy(ネオ神智学)"の項目に挙げられていたりするが、どうも直接的な繋がりが出て来ない。

 

このあたりの繋がりに関しては今後も調べるとするが、神智学をルーツとするUFOカルトは複数存在する。

 

その中で恐らく最も有名なのは"ヘブンズゲート"だろう。

 

「天の王国」の宇宙人が地球を常に見守っており、霊的に成長した個人は「天の王国」に帰還できる。
我々はそのために霊的成長を目指さなければならない、というのが大枠の教義だが、この教団が有名なのはその終末による。

 

1996年11月、ヘール・ボップ彗星の写真に写った謎の物体から、「天の王国から迎えがきた」と判断した彼らは、魂をUFOに載せるために集団自殺を試みた。39人の信者は遺体で発見され、その様子はカルトの集団自殺として報道された。

 

この教団を設立したのはアップルホワイトとネトルスという2人の人物だが、ネトルスは元神智学協会の会員だった。

 

神智学とカルト教団との関係については今後も調べていきたい。

 

僕はカルト教団にも興味を持っているが、一方で極左集団にも関心がある。

というのも、彼らをそうさせる理由が気になるからである。

 

人間が過激な行動に出るからには、それなりに理由がある。

 

一見不思議な行動や習慣も、その背後には人々の間で共有されている物語、教義、ロジックなどがあるはずなのだ。

 

僕はその物語というものに強く惹かれるのだ。勿論その原体験はオウム真理教である。

 

 

中核VS革マル(上) (講談社文庫)

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「カルト宗教」取材したらこうだった (宝島社新書)

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カルト村で生まれました。 (文春e-book)

カルト村で生まれました。 (文春e-book)

 
さよなら、カルト村。 思春期から村を出るまで

さよなら、カルト村。 思春期から村を出るまで

 

 

3.20 オウム真理教とその根源、そして社会に染み出す宗教のエッセンス

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今朝は3月20日ということで霞ヶ関駅に行ってきたが、献花台の前に多くのメディア関係者が集まっていた。

今日は地下鉄サリン事件から22年の日である。無論3.11も印象的な日であるが、僕にとっては3.20も人生に大きな影響を与えている。

 

22年前のこの日、霞ヶ関駅に通じる3路線(丸ノ内線日比谷線、千代田線)に猛毒のサリンが撒かれた。

 

撒いたのは新宗教団体オウム真理教の信者であり、幹部には理工系の高学歴信者が名を連ねていた。

 

僕はまだ小学生だったが、当時の状況をありありと思い出すことができる。

 

地下鉄サリン事件の後はメディアがオウム一色に染まり、朝から晩まで教団の施設(サティアン)や風変わりな修行(水の中で息を止める、土に生き埋めになるなど)、教祖の空中浮遊などが報道された。


それは時に面白おかしく取り上げられ、教団幹部がワイドショーでコメンテーターと激論を繰り広げるなど、とにかく彼らはメディア映えした。

 

そしてまた、オウム以外の部分でも世紀末を思わせる文化が流行した世相だった。

 

・オカルトブーム
→ 当時はまだオカルトブームが残っており、テレビでは怪しげな超能力者や霊能力者が出演したり、疑似科学を取り上げる番組が定期的に放送されていた。
今では超能力はほとんどトリック、UFO映像は素人が作ったネタ、疑似科学には再現性が見られないことが露呈しているものの、当時はそれなりに真実味があった(これは主に演出のせいである)。

学校の怪談ブーム
→ 小中学校では学校の怪談が流行し、「トイレの花子さん」「テケテケ」といった噂話に子供たちは熱狂した。
まさに95年には映画「学校の怪談」が公開されて大ヒットした

ノストラダムスの大予言
→ 「1999年に世界が終わる」という予言が世間を賑わせ、信じるかどうかは別として多くの人の心に留まっていた。

 

これらをまとめると、テレビでは怪しげなオカルト番組が放送され、学校では子供たちが怪談話に心ときめかせ、そして多くの人が世紀末に訪れる世界の終わりに思いを馳せていた世の中だった。

 

多分にもれず僕もオカルト少年として育ち、学校からの帰り道、リコーダーで尊師マーチを吹いて怒られたり(音楽の授業を真面目に受けたのはこのためだったと断言できる)、プールで息を止めて遊んでいたりした(今思うとよく死ななかったものだ)が、ノストラダムスの大予言をきっかけにオカルトネタばらし派に転向したのは何度か書いた通りである。

 

このようにオウム真理教にもオカルトにも多大なる興味を持っていた僕だが、オウム真理教とオカルトがどう結びつくのかについては長いこと明確に説明できなかった。
これはハマったのが子供の頃というのもあるが、オウム真理教というものが一体どこに根源を持ち、その根源が他のどの事象に関係しているかについて分かりやすく書かれた本に出会わなかったことも大きい。これについて話せるようになったのは、読書会も行った、宗教学者大田俊寛氏の著書を読んでからである。

 

オウム真理教が若者を惹きつけたのは、「特殊な修行を行えば、常識を越えた超能力を身につけることができる」という考え方を広めていたためであり、瞑想(や時には飲み物にこっそり混ぜられたLSD)を通じて神秘体験を得た若者が心酔していった(これも今ではある種の状況下では多くの人に起こる状態であることが分かっている)。
この「ヨガや瞑想によって超能力を身につける」という思想は阿含宗という新宗教を経てニューエイジ、そして神智学へと辿り着く。この思想がUFOやマヤ暦などのオカルト、高次元霊とのチャネリングといったスピリチュアルの元ネタになっていることは以前にも書いた。

 

90年代とは状況が大きく変わり、オカルトは下火となり(今はネットですぐにインチキがばれる)、新宗教アレルギーも根深いために「これはある宗教の...」と言われるだけで受け入れられなくなる世の中であるが、今もなおそれらを大幅に薄めた形で(特に「宗教ではない」という触れ込みで)エッセンスが世の中に染み出している。それはロハスでありスピリチュアルであり自己啓発であり代替医療であり、マルチ商法であり疑似科学である。例えば近所に「EM菌で服がキレイに!」などと謳っているクリーニング店があるのだが、彼らは、あるいは3.11以降EM菌を持て囃した人々は、それがもともと世界救世教という新宗教と深いつながりを持っていることを知っているのだろうか。恐らく知らないだろうし、知っていても表に出すことはまずない。こうしてそのルーツが知られることのないまま要素だけが世に広まってしまう。僕はここに大きな欺瞞を感じずにはいられないのである。

 

オウム真理教の精神史―ロマン主義・全体主義・原理主義

オウム真理教の精神史―ロマン主義・全体主義・原理主義