我々は本当に"普通のサラリーマンが一番"というメッセージを浴びて育ってきたのか? ~アリと自己責任論~

"夏の間、アリたちは冬の間の食料をためるために働き続け、キリギリスは歌を歌って遊び、働かない。やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探すが見つからず、アリたちに頼んで、食べ物を分けてもらおうとするが、「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったらどうだ?」と断られ、キリギリスは餓死する。"アリとキリギリス

 

親より稼ぐネオニート―「脱・雇用」時代の若者たち (扶桑社新書)

親より稼ぐネオニート―「脱・雇用」時代の若者たち (扶桑社新書)

"親より稼ぐネオニート"という本を読み終えた。

 

この本は今一生氏やまざわ氏とのUST中継で紹介されていて衝動買いしてしまったのだけど、会社勤めをすることなく、アフィリエイトや株、ゲストハウス運営などでそこらのサラリーマン並み(あるいはそれ以上)に稼ぐ人達が直接取材されていて結構面白かった(5年ほど前の本なので、せどりや情報商材など、当時からネットをやっている人なら大体知っている稼ぎ方がほとんどだけど)。

 

ただ僕には、この本の中でどうしても同意できない部分があった。それは、何度も出てくる

 

「政府とマスコミは『みんなと同じ労働者をやっていなさい』というアナウンスを繰り返してきた」

 

という意見だ。

 

これに関して僕の感覚は全く逆で、むしろ

 

「真面目に大学まで通ってサラリーマンになる、などというのはダサくてつまらない生き方として馬鹿にされ、とにかく新しい、華やかな生き方をするのが是とされた。」

 

という実感がある。

 

僕が十代だった頃、こんな作品が流行った。

 

キッズウォー

ごくせん

ごくせん THE MOVIE [DVD]

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キッズウォーは元ヤン・バツ一の母娘がエリートサラリーマンと再婚するところから始まる話で、何故かエリートサラリーマン側の連れ子達の性格が悪く描かれ、バツ一側の娘は正義感溢れる可愛い女の子として描かれていた。また、ごくせんでも、不良たちが実は心優しい正義漢であり、暴力団構成員も好意的に描かれていた。

 

金八先生にも大学をドロップアウトして深夜ジョギングをする引き篭もりの兄が出てきたし、少し後にはキャバ嬢やホストなどがテレビで好意的に取り上げられ、いわゆる夜の世界の人達のイメージが随分変わったように思う。つまりあの時代においては、「普通の生き方」はつまらないものとして馬鹿にされ、不良やホストのような、普通ではない生き方が格好良いとされたのだ。そこでは正社員と自営業の平均年収はそれぞれどれだけあるか、子供を1人育てるのにいくらお金がかかるか、といったリアルな数字は全く出てこない。

 

今一生氏はマスコミの意思としてドラゴン桜を批判的に取り上げていたのだけれど、あれはこれまでの会社員レールを否定する流れの中で、堂々と勉強して高学歴を目指せというストーリーだったのが珍しかったから話題になったのであって、当時のメインストリームに乗っていたとは思えない。

 

僕はたまに昔通っていた地方公立中学の惨状をつぶやくのだけど、田舎におけるテレビの影響力は凄まじく、「勉強している奴はダサい。優等生は性格が悪い。」という空気が漂っており、真面目な学生はそれだけで居心地が悪かったものだ(こうした環境から都会に出た地方秀才はまず地元に帰って来ない)。これは僕の通っていた学校だけではなく、高専で知り合った友人達の出身中学も似た環境のところがあったし、またtwitterでも同じようなことをつぶやいている人が複数いたので、少なくとも地方には大なり小なりそういうところがあったのだろう。

 

さて、「真面目に勉強してそれなりの企業の正社員コース」が馬鹿にされ、「若い頃はとにかく遊び、将来は華やかな世界へコース」が持ち上げられたわけだが、実際はどうだったか。まず公共事業が減り、それまで地方の若者の雇用の受け皿となっていた土建業が大打撃を受けた。さらに正社員の椅子は減り、非正規社員との格差が取り沙汰されるようになった。かつてもてはやされたフリーターは高齢化し、年齢の壁によって徐々に生活は苦しくなっていった。

 

そしてテレビ局の採用は高学歴中心で、平均年収は(少なくとも数字の上では)驚くほど高い。

 

真面目に良い大学を目指すコースを馬鹿にする内容を放送していたテレビ局が、実は高学歴な若者や政治家の子弟ばかり採用していることなど、地方の子供は知る由もない(個人的にこういう事実は大人がどんどん教えるべきだと思うが)。

 

さて最近、片山さつき議員も絡んだ生活保護不正受給者バッシング・生活保護制度改正が話題になっているが、これは少し形を変えた自己責任論だろう。日本ではかなり根強く自己責任論が支持されている印象がある。一番分かりやすく発露したのは、かつて派遣切りが大きく取り上げられた際に聞かれたこういう意見だろう。

 

「こういうときに切られるのは派遣を選んだ自分が悪い。真面目に勉強するなり職業訓練を受けるなりして、正社員の椅子に座れば良かったではないか。」

 

勿論正社員の椅子が減っている以上、単純に努力すれば皆がそこに座ることができるわけではない(し、正社員と非正規社員の間に大きな差がある社会は健全ではない)のだが、僕には心情的に理解できる部分があるのだ。恐らく派遣を叩いていた人達の心持はこんなところだったのだろう。

 

「彼らはあの頃、我々を馬鹿にして遊んでばかりいたではないか。ある程度辛い思いをしてここまで来たのに、何故今優しい顔をしなければならないのか」

 

と。

 

今起こっていることは、かつて馬鹿にされたアリ達による(仮想)キリギリス叩きなのである。

 

高齢フリーター問題や派遣切り問題が取り上げられる時、「フリーターや派遣がもてはやされ...」などという話が出ることがあるが、それを持てはやしたのは一体誰だったのだろうか。