生ける屍の結末

本日は「生ける屍の結末」という本についての読書会を行った。

 

生ける屍の結末――「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相

生ける屍の結末――「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相

 

 

これは、黒子のバスケ脅迫事件の被告の手記と、裁判での意見陳述を収めた本である。

 

黒子のバスケ脅迫事件とは、黒子のバスケ関連のイベント会場や企業に脅迫文書が送りつけられた事件で、実際にイベントの中止や、黒子のバスケサークル排除が行われた。単なるいたずらの範囲を超えた大量の脅迫状が送りつけられたたため、ニュースでも報道された。

これだけであればただの脅迫事件で終わったのだが、ネットでも公開された、裁判での意見陳述が壮絶なものであり、大勢の人の共感を呼んだ。

 

この事件の被告である渡邊博史氏は神奈川県出身であり、その子供時代は極めて悲惨なものであった。人によっては「あっこれ私だ!」と共感するのではないだろうか。

 

○いじめ
小学校に入ってすぐにいじめられ、中学校でもいじめられる。そのことを親や教師に訴えるが、無視されたり、逆に詰られる。
また塾の講師にもいじめられる。
結果、自分は「ヒロフミ」という最下層身分であり、そのために常に悲惨な目にあうのだ、という世界観を作り上げ、自分を納得させるようになる。

 

○虐待
親から虐待をされて育つ(本人は虐待とは認めていない)。

・同級生との写真を見た際、母親に「お前だけ顔が汚い」と言われる。また「髪を伸ばすと完全に奇形児にしか見えず、丸坊主も知恵遅れのようで気持ちが悪い」などと言われ、常に角刈りを強制される。このため外見に著しいコンプレックスを抱える。

・マンガ・アニメ・ゲームを完全禁止される。漫画を買いたいと父親に言ったところ殴り飛ばされる。

・比較的寛容だった将棋に関しても何故かNHKの番組とBSの番組のどちらかしか視聴することが許されず、最終的に禁止される。

・勉強に関しても、「お前は頭が悪いはずだから応用問題はやらなくて良い」と言われ、基礎の繰り返しを強制される。成績が良いのに下のクラスに入れられていることを不憫に思った塾講師から貰った数学の応用問題集を楽しみながら問いていたところ、それを取り上げられ、破られる。

・外食時にメニューを選んだところ両親に難癖をつけられ、最終的には「まともにメニューも選べないのか!」と罵倒される。

・上記のように好きなことを禁止される経験を繰り返したため、何かを好きになることを避けるようになる。


自分は好きなものがあっても、好きにならずにできるだけ諦めるようにする癖がつきました。禁止されたら悲しいからです。


このような抵抗があるため、彼は後に一人でエスニック料理店に入る際に1時間、ジャンプを買う際に4時間近く葛藤している。

 

このように悲惨な子供時代を送ったため、彼は社会との繋がり意識を持つことができなかった。
その中で彼が持つことができた数少ない繋がりは下記3点である。

 

  1. 自分がマンガ家を目指して挫折した負け組であるということ
  2. 同人誌の世界の片隅の一人であるということ
  3. 新大久保(新宿)の住人であるということ

 

これらの繋がり意識は、新宿区出身のマンガ家である黒バス作者の登場によって危機を迎えることとなるが、興味深いのは3点めに挙げられている土地が、故郷神奈川ではなく、一人暮らしを送った新大久保だったということである。
地元で虐げられた彼は、そこに対して帰属意識を持つことができず、むしろ自ら選んだ新大久保に愛着を持った。故郷に馴染めなかった彼を受け入れてくれたのが日本最大のエスニック街であったことは偶然ではないように思われる。彼はこの街で初めて人に慕われるという経験をする。その相手は職場で教育していた、中国人やインドネシア人の新人達であった。彼はまた、ネトウヨ化することで帰属意識を持つ処世術についてこう語っている。


自分にはネトウヨ化の薬もあまり効きませんでした。なぜかと申しますと自分は子供の頃から日本人が嫌いだったからです。なぜなら自分を酷い目にあわせた人間が全て日本人であることに気がついていたからです。

 

このようにひたすら酷い目に合わされ続け、自己を否定する世界観に囚われていた彼だが、最終意見陳述にて、その世界観が崩される経験をしたことが明かされる。それは自暴自棄になり、留置所で髪を伸ばした彼に留置所担当者がかけた一言だった。

 

髪が長くなって随分と見た目が優しい感じになりましたね。外でも基本はその髪型だったんでしょ。

 

母親に30歳を過ぎても言われ続けていた、「お前が髪を耳にかかるような長さにしたら、見苦しくて汚くて見るに耐えない」という呪いが、ここで瓦解したのである。

この一言から、彼の対人恐怖、対社会恐怖は霧消することとなる。


この一言は、悲惨な記述が続く本書に灯る希望である。

 

被告は出所したら自殺をすると宣言しているが、生きてまた文章を読ませて欲しいと思う。

 

 

生ける屍の結末――「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相

生ける屍の結末――「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相