オカルトと自己実現

オカルトは新宗教系の精神史に連なる流れに乗って人々に需要されてきたものであって正直勘違いかこじつけが多いですよ、という話をしているのに何故かオカルトビリーバーに興味を持たれることが多い今日この頃(信じる側の話題ですらほとんど出てこなくなったから仕方がないといえば仕方がない)。

ここで大事なのは、オカルト・スピリチュアルが実在するかどうかと、それにワクワクする気持ちを持っているかは分けて考えないといけないということだ。
ちなみに僕はオカルト(UFOとかUMAとか超古代文明とか)は「あったらいいな」だから好きだけど、スピリチュアル(水からの伝言やらパワーストーンやらホメオパシーやら)は普通に健康を害する迷信を押し付けかねないから本気で嫌いだ。

正直な話、オカルトとかスピリチュアルは大体がこじつけや勘違いなのだ。

そりゃ僕だって何かのきっかけで「選ばれた者」だったことが判明して超能力を発揮して東京を壊滅させたり、超古代文明の王族の末裔で謎の文字を「読める!読めるぞ!」ってなって人類を滅亡させたかったし、学園に伝わる魔導書を引き継いでそれと対になる魔導書が何故か転校生の家にあるのを発見してなんやかんやで世界を滅亡させたかった。
ところがそれは実現できなかったのだ。現実は残酷だ。世界よ滅びろ。

だが、オカルトやスピリチュアルにときめく気持ち自体は本物だ(だからサブカルチャーで使われている)。

我々はここから一歩進んで、「オカルトにときめいた気持ちを一体どう処理したら良いのか」を考えなければならない。

「自分が何にときめくのか」を把握しているというのは強い。どんなことに対してモチベーションを発揮できるかを知り、コントロールできるということだからだ。そして、「超能力者になりたかった自分」をうまく使って一般社会で自己実現する道は必ずある。

問題は超常現象が存在するかどうかという自然科学の問題ではなく、自己実現という個人の問題なのだ。

 

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オールド・テロリスト

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